「経友」(2012年)編集後記(文責:松島斉)元原稿

2012426日に記す

 

 今、海外で博士を取得する東大経済学部卒業生が注目すべき大活躍をしています。毎年多くの卒業生が海外留学し、学位などを取得していますが、それにとどまらず、欧米の主要大学の助教授ポストにつくケースが当たり前のようになっているからです。

今までにも、神取道宏先生や松井彰彦先生のように、海外の主要大学に就職していた日本人研究者は少なくありませんが、昨今のケースは、その人数と分野の広がりにおいて際立っています。例えば、スタンフォード大学のミクロ経済学(ゲーム理論)の助教授ポストは東大経済学部卒業生が占めています。また、東大が得意とするミクロ経済学に限らず、計量、応用、実証の各分野でも、優れた人材が続々輩出されるようになりました。

 このような喜ばしき事態は、日本経済新聞のコラムにも、市村英彦先生のコメントとともに取り上げられました。その一方で、我々経済学研究科には、新たな課題が突き付けられたとも言われています。つまり、こんなに優秀な人材がいるのに、なぜ東大で博士をとらないのか、というわけです。これではまるで、人材育成は外国任せ、と言っているかのようです。

しかし、実情は少し違っています。留学した優秀な卒業生の中には、数年間は東大の大学院に在籍していて、その時に出会った研究テーマが、海外で結実して、スターになったケースも少なくないからです。

 若い研究者にとって、アメリカなどの主要大学で研究交流を持つことは、極めて重要です。このような研究交流を十分に提供しつつ、東大で学位を取得させて、優秀な人材を、ジョブマーケットのスターとして海外に送り込む、ということは、制度的な工夫を真摯に検討するならば、決して絵空事ではありません。

このように、優秀な大学院生に海外留学以外の選択肢を与えることは、単に東大の大学院教育の見栄えを良くすることを意味するのではありません。今日の日本社会、日本経済は、多くの難題を抱えています。優秀な人材には、伸び盛りの時期に、日本の問題を感じ、考えるということを、もっとおこなってほしい。優秀な人材がこぞって海外留学することは、同時に、人によっては、まだ多感な時期に日本の問題から隔絶されることを意味する危険性があると、私は感じています。このような観点から大学院制度の見直しを検討することは、日本経済の復興とともに、国際的な学術発展にとっても、本当の意味で貢献することになると考えます。