201066

日本経済学会春季大会(千葉大学)特別セッション「金融危機」

 

 

ヘッジファンドのガバナンスとバブル経済

 

 

松島斉

(東京大学経済学研究科)

 

 

ヘッジファンドに独自の市場規律を

税回避措置見直しで安全なヘッジファンドめざせ

適切なガバナンスでバブル防止と長期経済停滞脱出

 

 

ポイント:

・ヘッジファンドの自由な投資戦略は経済再生のカギ

・ガバナンスに失敗すると実体経済に深刻な悪影響

・キャピタルゲイン課税徹底でフェイクファンドを阻止

 

 

ヘッジファンドの光と影

 

    成功報酬にもとづいて収益を追求するヘッジファンドに、今や富裕層のみならず、年金基金、退職金基金、慈善基金、銀行、機関投資家などから、多くの資金が集中する。資金提供者の中途引き出しを制限することと引き換えに、デリバティブ(金融派生商品)、他人資本を使って自己資本の利益を高めるレバレッジ、空売りなどの規制や、情報公開義務が免除されることによって、ヘッジファンドマネージャーは、手の内をみせずに独自の投資戦略を駆使することが可能になるため、規制下では不可能な高収益をめざすことができるからだ。ヘッジファンドは、効率的資金配分という金融機能の根本を強化するものと期待されている。たとえば、ヘッジファンド間の競争は、大衆の熱狂によるミスプライシングを是正し、バブルを食い止めると期待される。

 

    しかし、金融技術の進展に伴い投資戦略が複雑化した現状では、ヘッジファンドが本当に収益を稼ぐ技能をもっているのか、ミスプライシング是正に貢献しているかについて判断がしにくいために様々な問題が生じる。よって、ヘッジファンドマネージャーが適切なインセンティブをもつようなガバナンスの整備が必要だ。

 

    ガバナンスに失敗している場合、技能のない「フェイク(偽物)」マネージャーが参入し、実質的な収益を上げずに資金提供者から報酬をだまし取ることができるため、ヘッジファンド産業はやがて衰退し、実体経済は悪影響を受けてしまう。また、ヘッジファンドに高いレバレッジを許したままだと、有能なファンドマネージャーといえども、有害なバブルを人為的に生み出そうとするため、要注意だ。作今の金融危機においては、資金調達やリスク評価をめぐり、銀行部門の見直しが迫られているが、バブルや長期経済停滞を克服するには、それだけでは不十分であり、ヘッジファンドのような戦略的に自由な部門についても論を尽くすべきだ。

 

キャピタルゲイン課税の徹底

 

    現行の報酬ルールでは、ヘッジファンドマネージャーはファンドの損失分を一切負担しない。また、ファンドマネージャーは、自身の自己資金をファンドに組み入れるなどして、資金提供者と同じリスクを共有していると自らは主張するが、T. ドナルドソン米ペンシルヴァニア大学教授などが言及するように、実際にはそのリスクにわずかしかさらされていないのではないかと疑われている。A.ロー米MIT教授は、このような現行ルールではフェイクが容易に高報酬を得てしまうと指摘する。たとえば、ファンドを安全資産に投資し、S&P500が暴落した際に安全資産を譲渡するオプションを第三者に売却する。暴落しなかった場合には、売却利益を投資技能が生み出したかに見せかけて報酬を得る。一方、暴落してもマネージャーには何のとがめもない。よって、もし多くのマネージャーがこのような運用をするならば、経済は過剰なリスクを背負うことになる。

 

    現行のルールに対しては、W. バフェットなどの著名な投資家をはじめ多くの批判者がおり、ルールを変更するべきだと主張されている。だが、D.フォスター米ペンシルヴァニア大学教授とP.ヤング英オックスフォード大学教授は、たとえ現行以外の報酬ルールをいくら工夫しても、それだけではフェイクを阻止できないと指摘する。マネージャーに罰金を課すならば、罰金が実際に課されるのはフェイクのみなので、フェイクを阻止できそうに思われるが、実はそうでない。有能なマネージャーも同時に撤退するはめになるのだ。罰金の支払い能力を確保するべく、マネージャーの自己資金が担保に取られるため、自己資金を自由に運用して収益をあげるチャンスが有能なマネージャーから奪われてしまうからだ。

 

  これらの指摘をもとに、ベアー・スターンズ破綻やリーマン・ショックの前後に、フィナンシャルタイムズやニューヨークタイムズといった欧米のメディアでは、ヘッジファンド産業の不安定性が取りざたされた。ヘッジファンドの自由な投資戦略による潜在能力をつぶしてでも、銀行のように規制と透明性を強化すべきだと報じられたのだ。しかし、私の近年の分析によれば、このような悲観論は性急に過ぎる。なぜならば、キャピタルゲイン課税を徹底させることで、フェイクをめぐるガバナンスを解決できるからだ。

 

    たとえば、罰金を課すルールに変更した場合、有能なマネージャーには、自己資金が担保に取られることによって、その運用利益に対するキャピタルゲイン課税が免除されるというメリットが発生する。一方、フェイクには、税を課されるだけの技能がないので、何らメリットはない。また、現行ルールの下でも、マネージャーの自己資金がファンドに十分に組み込まれるならば、フェイクにのみデメリットが生じうる。前述したオプションの売却利益に課されるキャピタルゲイン税の一部は、フェイク自身が負担するはめになるからだ。こうして、有能なマネージャーとフェイク間で、このようなメリット、デメリットの違いがあることをうまく利用すれば、フェイクをめぐるガバナンスは解決できる。

 

税回避はフェイクのシグナル

 

    この指摘は、ヘッジファンドに対する一般通念に修正をもとめることになる。収益追求の必要性から、キャピタルゲインやマネージャーの所得への課税は避けられるべきだと考えられがちだが、それは正しくない。現在、ヘッジファンドの多くは、ケイマン諸島に代表される、「タックスヘイブン」と呼ばれる税負担の軽い地区に拠点を構える。しかし、ゆきすぎた税回避は、フェイクを示唆する格好のシグナルになることに注目するべきだ。資金提供者、金融当局、そしてマネージャーは、このようなシグナル機能をフルに活用することで、ガバナンスの強化に努める必要があるのだ。

    また、このような税負担のシグナル効果以外にも、フェイクをめぐるガバナンスを改善する余地が、まだある。たとえば、ヘッジファンド以外の活動への影響に訴えることで、損失を出したマネージャーに、「金銭以外の罰則」を与える工夫ができるかどうかの検討が、今後望まれる。このことは、全ての損得を金銭に結び付けて考えようとするヘッジファンド特有のカルチャーを修正することにもなる。

 

 

 

   

    さて、仮にフェイクを阻止できたとしても、有能なヘッジファンドマネージャーが効率的資金配分に実際に寄与するとは限らず、逆に有害なバブルを助長しかねないので、さらに注意が必要だ。大衆は熱狂しバブルの火種を作るが、他方で、ヘッジファンドに代表されるポートフォリオマネージャー、あるいはアービトレージャー(鞘とり人)、の動向には敏感だ。ヘッジファンドがバブル関連株を買い支える限り、大衆はバブルを支持し続ける。ヘッジファンドがシェアを十分保有しなくなれば、熱狂は冷却しバブルは崩壊する。こうして、ヘッジファンドマネージャーの一挙手一投足はバブルの命運を左右する。

 

    合理的なマネージャーは、熱狂の先を読んで、バブルのピークで売り抜けたい。しかし、ライバルマネージャーがいる場合は、ライバルが売り抜けるタイミングを読むことの方が重要になるため、マネーゲームの様相を呈する。ライバルより一足早く売り抜けようと競争するため、結果的にバブルは直ちにクラッシュされる。よって、ミスプライシングは是正され、市場効率性は保証されると考えることができる。

 

    このような楽観的見解に対し、R.シラー米イエール大学教授は、プロのマネージャーといえども熱狂にまどわされるので、市場効率性に寄与できないと反論する。現実は、双方の見解の中間のどこかに位置するだろう。私の近年の研究は、合理的なヘッジファンドマネージャーが、ライバルがある確率で非合理的であると予想される場合に、どの程度バブルを持続させようとするかを、ゲーム理論を使って分析した。市場効率性の見解とシラーの見解は、このモデルにおける両極端のケースに位置付けられ、ライバルが非合理である可能性が高いほど、合理的なマネージャーは、タイミングをより遅らせ、バブルをより持続させることが示される。

 

レバレッジによるバブルの有害化

 

    バブルが有害である最大の理由は、バブル期に生産性の低い事業に大量の資金が流れることにある。ヘッジファンドに対するレバレッジ規制が弱い場合には、これが深刻化する。バブル関連企業は、新株を発行して資金を集めたい。しかし、ヘッジファンドに資金の余裕がないならば、増資によって、ヘッジファンドの保有するシェアが低下するため、バブルが崩壊してしまう。逆に、レバレッジ規制が弱ければ、ヘッジファンドは借り入れなどによって新株を購入できるので、バブルに潤沢に資金が投入される環境が整うことになる。

 

    規制が弱い場合には、たとえヘッジファンドマネージャーがほぼ確実に合理的で、大衆の熱狂が穏やかだとしても、異常な資金調達に後押しされ、有害なバブルが人為的に作られてしまう。ヘッジファンドマネージャーは、全所有株についてキャピタルゲイン益を享受できる一方、暴落の損失については自己資本のみの負担にとどまるため、ライバルを恐れずにバブルのピークに近いタイミングをねらうことができるからだ。証券化の推進などにより、資金調達の制約が弱められることには、良い面があるのはもちろんではあるが、このようなマイナス面もあるため、レバレッジに対する慎重な規制が望まれる。

 

金融システム再生で長期停滞脱出を

 

    非生産的な事業拡大が続けば、バブル崩壊後の混乱は一層避けられなくなる。また、金融システムはバブル期間中はその機能を停止していることになるため、価格情報の利用価値は著しく損なわれている。これらが、混乱からなかなか抜け出せず、経済が長期間停滞する主要因だと考えられる。1990年代以降の日本と現在の世界情勢はその好例だ。よって金融システムの再生と機能向上は急務であり、そのためには、銀行のみならず、ヘッジファンドのような戦略的に自由な金融部門の役割とインセンティブを、十分に検討する必要があるのだ。